もう納豆について語るくらいしか、僕に出来ることはない…などと思っていたが、もうそんなんは沢山。
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今日は久しぶりに学校。
本当に久しぶり過ぎて、何故か感動した。 ウチの学部の留年率は、約1割弱くらいといった印象。 一学年約500人いて、在籍原級生は50人いくかいかないかくらいな感じ。 やっぱり、就職活動再チャレンジ組が、例年になく沢山いた模様。 世知辛いけど、学生は結局無力。社会の流れや不文律には抗えないからね。馬鹿馬鹿しいし、本当に悔しいけど。 色んなことが斜陽状態にある日本。 経済もダメ、政治にも期待なんて出来ない。 村上龍は『希望の国のエクソダス』の中で、こんなような風刺をしている。 「今の日本には何でもある。ただし、希望だけがない」と。 確かに、「今の日本社会は希望に満ちています」なんて口にする人は、あんまりお見かけしない。 皆、緩やかに下り坂を転がっていく自身の立場や社会情勢を、不可抗力として受け入れているように感じる。勿論、僕もきっと、そんなことを漠然と受け入れている人間の一人。 希望。難しい概念だ。てか、希望って何?経済的な伸びシロを実感出来る社会のこと?「大きな政府」が国民にアレやコレやとサービスしてくれる福祉国家のこと? 分からない。全くもって分からない。 ただ、一つ言えることは、「根拠はないけど、何となく信を置ける、多くの人が手放しで迎合出来るような、共通意識としてのベクトル」みたいなモンは喪失してるよね。 結局、これからの時代は、個人単位で価値を創出していくしか自衛の手段はないのかもなぁ。 そういう意味では、本当にタイトな時代に生きているんだと思う。 「個人主義」というよりかは、「個人信仰」みたいなモノが求められる時代かなと。 何を信じて、何に重きを置くのか。本能が希求する「遺伝子レベルでの欲求」、また、因習として、もはや形骸化している「社会通念や観念」の刷り込みとの兼ね合いの中で、どこに落とし所を見つけていけるのか。 昨日だか一昨日も何か似たようなことを言及した気がするが、やっぱり、上手に社会と折り合いをつけれた奴は強い。 僕も燻りの毎日。本当に燻っている。 しかし、絶望しているワケでもない。 燻っているということは、「火種」はあるワケだからね。 あとは方法論だと思う。 自分を発露する場なり、手段さえ見つけられたら、自然と火は大きくなっていくモンだと思う。何か安易かもしれないんだけどさ。 逆説的だが、燻って苛立ちがある内は、僕らは「希望」の可能性を内包していると言えると思う。 だから、焦燥に駆られることは、むしろ良いこと。 まぁ、もう良いか。コムズカシイ屁理屈は。 今日は、大学の図書館で、先日、(って言ってもだいぶ前か)芥川賞を受賞した朝吹真理子さんの『きことわ』を借りた。 せっかく大学に残ったんだから、図書館は最大限に活用する予定。 読みたい本は枚挙に暇がない。今日は目ぼしい本の予約も沢山した。猪瀬直樹の『東京の副知事になってみたら』はじめ、ホリエモンの新書数冊。 今年は食わず嫌いをやめて、偏らない読書をしたい。 そして、唐突に閑話休題。 昨日、久しぶりにラーメン二郎行ったけど、相変わらずの大盛況。個人的には、旨くなんて決してないラーメンだと思うんだけど、月イチくらいの頻度で、必ず行きたくなるシンドロームが発症してしまう。 認めたくないが、既にジロリアンに片足は突っ込んでいるみたいである。 今日はアブラ・カラメ・ニンニクマシマシを。 旨くはない。ただ、中毒性のある何かは間違いなくある。 二郎の不思議。。。 PR ![]() ![]() |
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