もう納豆について語るくらいしか、僕に出来ることはない…などと思っていたが、もうそんなんは沢山。
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
今日は、4時起き。
意味などない。 19歳の時に読んだ小説を2冊読み返し、香山リカの『しがみつかない生き方』を立て続けに読了。 多分、あれこれ考える時間を与えたくなかったのと、昔に帰りたい気持ちが交錯していたのだろう。 19歳の時に読んだ小説は、片山恭一の『満月の夜、モビィ、ディックが』と、乃南アサの『ドラマチック・チルドレン』である。 この二冊は、当時、どちらも染み入るように自分の中に入ってきて、夢中になって読んだ覚えがある。 片山恭一は、セカチューで、ある意味、損をしている作家とも言える。 セカチュー以外の作品にも、僕は大体目を通しているが、そのどれもが、セカチューとは180度異なる秀作揃いである。 つまり、『売れ線狙い』ではない、彼本来の持ち味を発揮している作品が多いのだ。 セカチューは、ある意味、作者の作戦勝ちだと思う。 ヤヤコシー感受性を、読者に要求せず、物語としての曖昧さを排し、普遍的に数多多くに共感を求められる『死別』にのみフォーカスを当て、成功したのだ。 ある意味では、片山恭一に、僕達大衆は、ナメられているのだ。 しかし、はっきり言うが、セカチューは駄作だ。 当時の日記にも、僕はこう記している。 「柴崎コウ絶賛!との帯が付いていて、彼女曰く、何かすごく感動するみたいなことが書いてあったので、世界の中心で~を購入。2時間程かけて、ドトールで読了。人をバカにするのも良い加減にしてほしい駄作であった。1500円弱を出して買ったのに、あまりに酷い内容であったことに憤怒し、僕は、何故か、八つ当たり的に、紀伊国屋の店員に文句を言いたい気持ちに駆られ、再度、紀伊国屋に行くが、勿論、文句など言えるはずもなく、(店員とセカチューには、何の因果関係もない)、結局、河合隼雄の、『こころの処方箋』を購入して帰宅。」 と記されている。 とまぁ、やや脱線したが、何が言いたいのかと言うと、セカチュー以外の片山恭一作品は、素晴らしいのですよ。 特に、取り上げた『満月の夜に~』は、僕の感受性にドンピシャリとハマり、食い入るように読んだものだ。 釣りが好きな、理屈っぽい孤独な主人公が、愛を知ったり、絶望したりする話だ。 あの頃は、夢があったな~。 本を一冊一冊読み終わる度に、確実に何かに近付いている気がした。そして、どうしようもなく孤独だったけれど、僕は本に満たされていた。何もなかったけれど、本だけには夢中になれた… そんな思い出がある。 乃南アサは、まぁ割愛。 何で僕が今、こんなに饒舌かと言うと、勿論、酔っ払っているからです。 本も読み尽くし、薬も切れかけてきた僕に出来ることは、酒を飲むことだけだ。 明日には、Amazonから、認知行動療法についての本が来る。 あと、明日は、不登校関連のセミナーで、また、講演をしなくてはならないのだ。 こんな腐り切った奴の話なんか参考になるかと、つくづく嫌になるが、まぁ、明日は正直に、メリット、デメリット、そして、今僕は苦しんでいることを話して来ようと思う。 PR ![]() ![]() |
カレンダー
フリーエリア
最新コメント
[01/22 納豆太郎]
[01/11 Animepeu]
[05/12 P氏]
[05/08 ✿]
[02/03 orderuclicemi]
最新記事
(12/06)
(07/03)
(06/15)
(05/09)
(04/16)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
ブログ内検索
P R
|